› 社長の、気ままコラム › 2012年01月「原点」に立ちかえって・・・


というお叱りのお電話を頂きました。
ポカポカ陽気
で気持ちがイイです。行ってきました。

雨の中、かなりの人出だったですね(「人酔い」する私には大変でした…
)
どうも「沖縄そば」は・・・


)禍し、あんまり好きな食べ物ではなくなりました…。あいっ一大事。今まで「そば・すば」に慣れ親しんできたものがある日突然名無しの麺になると云う摩訶不思議なことが起ころうとしていました。当時の生麺組合の理事長土肥健一は、沖縄総合事務局内公正取引室へ折衝に行くも埒があかず東京の本庁に行き全国製麺協同組合連合会の三田会長(当時)同席のもとでの内容説明を行う日々が雪降る日を交えて数か月に亘り続きました。折衝の甲斐あり、翌昭和五十二年通称としての「沖縄そば」が認可されました。但し、県内でのみ使用できると云う限定的な認可でした。
更に、全国的な規模での正式認可を求めて根強く折衝は続けられましたが「規約」の壁は厚く半ば諦め掛けていたところに起死回生の妙案が生まれました。それは、公正取引委員会から委託を受けた全国生めん類公正取引協議会(審議・決定・報告)において特殊名称としての「本場沖縄そば」での登録と云う手段でした。この案が功を奏し折衝開始後三年たった昭和五十三年十月十七日「生めん類の表示に関する公正競争施行規則」別表での名産・特産・本場等の表示で正式に追加承認され「本場沖縄そば」で登録されました。分かり易く言うならば、これにより晴れて戸籍を取得したということです。
昭和六十二年四月五日「沖縄そば、本土移出正式認可」を受け本土市場に本格参入の幕開けを迎え前述の登録の価値が現実的なものとなりました。それは、製品の外箱・外装に威風堂々と「本場沖縄そば」とデザインされているものを見ると強く感じます。昭和五十一年時のクレームをそのままにしておいたら多分「沖縄風ラーメン」もしくは「沖縄風中華麺」と大書きし隅のほうに小さく通称名称「沖縄そば」といった製品デザインになったと考えられます。琉球王朝時代の宮廷料理として四百年の歴史をもつ麺料理としては何とも言いようの無い哀れな格好になり歴史的な位置付けも何もない単なる中華麺の一部で区分されたと想像できます。この出来事は、単に名称の登録と云う問題だけでなく沖縄の食文化の歴史と伝統を間一髪消滅の危機から情熱と執念を持って死守した出来事として特質すべきものです。
歴史を見つめ伝統に学び、そして新たな歴史を彩ることが私達に与えられた使命です。これからも、後世の人々に胸を張って語ることのできる「仕事」に邁進していきます。
文中敬称略 情報提供「サン食品」

新都心公園内にある「いしぐふー」 (琉球放送「第一回沖縄そば王座決定戦」で、初代"沖縄そば王"に輝いたお店)
2012年♫ 新年明けましておめでとうございます!!

昨年は新しい出会いと別れが沢山有りましたが、今年は更に実りの多い一年にしたいです。
さて、今年の私のテーマは・・・
『完璧を目指す平等では無く、ミスを許す笑いと協力を求める事』です。
とかく、細か過ぎる規律を重んじるが故に、一人一人が伸び伸びと発言・行動出来なくなってしまっていました。

一年を終えた時に「今年はホントに楽しかったよね!」って全員が言える・思える会社作りをしていきたいです。

全国的には、まだまだ冷え込みが厳しいでしょうが、こちら沖縄は“新春”という言葉がピッタリな感じです。家の近くの風景には綺麗な花がチラホラ咲いておりますよ。


